ただあるがままに       姫野 修一郎

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zoom RSS なぜときに人生がむなしくなるのか?(3)

<<   作成日時 : 2018/07/06 00:52  

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☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。
 世界中のすべての方が幸せにありますように!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆
2018年 平成30年 
7・5(木)


   なぜときに人生がむなしくなるのか(3)
   自分の人生を仏の智慧の眼で見るとは
            

 姫野です。
 今日も京都は蒸し暑い雨の一日でした。

 ど〜も、いかがお過ごしでしょうか。
 いや〜、ここ数日雨が続いています。
 神よ雨を止めたまえ「ア―雨ン」
 (余計に雨が降りそうなダジャレです)


 7月は僕は少し忙しくなります。
 少し間が空くかもしれませんが
 お許しくださりませ。 
 
 
 さて
 幸せのために、
 なぜ、私たちはときに人生がむなしくなるのだろう。
 なぜ、まだ死にたくないと思うのだろう。

 という話をしていました。
 何かまだ「しっかりとした本物に出会っていない」
 深く自分で納得できる満足感を味わっていない。
 深い不滅の満足感・安心感が自分にない。


 そう感じることが
 一つ大きな原因としてあるのではないか。
 そうお話をしていました。

 私たちは人生を
 通常の分別で生きています。

 そして、幸せとは煩悩・欲望を満足させることだ
 と思って絶えず分別を働かせて生きているのです。
 
 それだけですと
 なかにはもう若いうちに先が見えて
 「俺の人生は終わった!」などと
 人生をむなしく生きる人も多くなります。


 成功者・勝ち組などとたとえ呼ばれても
 次々に新たな欲望と新たな苦しみが現れます。
 また老いや死は免れません
 誰もが負け組で終わるのです。

 分別の眼だけでなく
 人生を仏の智慧の眼で見る
 神の眼で見る

 という視点を持たない限り
 人生は最後まで今一つ満足感のないまま
 「私の人生は何だったんだろう」

 という疑問のままで終わることになります。


 では
 自分の人生を、仏の智慧の眼で見るには
 「どうすれば」と疑問になります。
 
 それは、思うようにならない人生を
 「しっかりとあるがままに受け入れる」
 ということが必要です。

 分別のみですと他人ならよいのですが
 不快なこと面白くないこと、嫌なことは
 自分のこととしては受け入れられません。
 感情的に自然に「嫌」という反応が出ます。 


 「いやこれで充分幸せ」と言っても
 「負け惜しみだろう」
 「言い訳だろう」
 などと分別はつぶやくのです。

 全く人間のする分別の浅薄さ、傲慢さには
 ため息が出ます。
 
 ですから、現実を受け入れられないと
 たえず、愚痴を言い、嘆きつつ暮らす必要が
 出てきます。

 仏の智慧・無分別知(分別を離れた)の眼で
 観る必要があるのです。

 「自我」を離れる・超える視点です。


 大乗仏教では
 自力・他力の道があります。
 

 身心脱落  道元
 
 六大は無礙(むげ)にして、常に瑜伽(ゆが)なり
                 空海
 南無阿弥陀仏=如来におまかせして生きる
             法然・親鸞

  人生は連続する今です。
  長かろうが・短かろうが
  人生というのはいつも今しかありません。

  瞬間・瞬間に無限のさまざまな縁が重なり
  仮和合しては、また仮和合その連続が人生です。

  だれの人生にも明日はないのです。
  明日になれば、また今です。


  今は不幸でも明日は幸せになろう
  というのは無理です。


  今感謝し愛を感じて生きる。
  ありがとうございますと
  つい自然に感謝して頭が下がる生き方が
  本来の自然なあなたの姿です。
  

  今を見つめ受け入れて
  愛につつまれて生きるしか
  あなたの深いしあわせはありません。


 それが自分には無理、出来ない
 どうしようもない愚か者だ!

 そう気づいた方は、幸せです。
 
 むなしくても面白くなくても
 なぜかあなたに人生を続けさせる力が
 たえず働いています。
 私たちは
 自分の力で生きているわけではないのです。
 

 あなたに
 このしょうもない人生を続けさせる不思議な力
 それは何でしょう。
 

 大いなる働きがいつもあなたの幸せを
 願って、一瞬も休まず働きかけているのです。


 それをしっかり受けとめられたとき
 愚か者でも幸せになれます。


 「どんな愚か者でも必ず救うてやる!」
 他力ではそれを「如来の大悲」と構成したのです。
 
 
   にごりなき こころの水に すむ月は

     波も砕けて  光とぞなる

                道元  

  

 ではでは
 愛を込めて!

 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro)
 ana38655@nifty.com


 今日も笑顔でニコッとね。

 何であれ、そこに愛が流れてこそ
 はじめてこころから楽しくなります。
 
 幸せはごく自然な
 あなたの命の本来の属性です。

 よろしければ、お参りして一息入れてみて下さい。
  (聖心寺・聖心神社)
  http://seisinji.net/index.html
 
 僕の自費で印刷した本「なぜ生きる」を
 お読みいただけると嬉しい。
 
 本の少し詳しい内容とお求めは
 http://himeno3.blog89.fc2.com/


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 生涯かかっても実現できないような
 大きな夢を持ちなさい

 案ずるな、必ず救うてやる!
 いつも響く仏の声です。

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