ただあるがままに       姫野 修一郎

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zoom RSS DNAの声を聴け!生老病死の捉え方第10回 他力の教え

<<   作成日時 : 2018/11/16 01:23   >>

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 ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。
 世界中のすべての方が幸せにありますように!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆
2018年 平成30年 
11・15(木)


   DNAの声を聴け!
   生老病死の捉え方 第10回

   他力の教え
    
   
 姫野です。
 今日京都は秋晴れの一日でした。
 風が冷たくなりました。
  
 ど〜も、いかがお過ごしでしょうか。

 昨日は防災訓練で
 「ただいま地震が発生しました。机の下に
  潜って下さい」といわれましたが

  何か恥ずかしくてできませんでした。
  他の方もそうです。
 
  何が恥ずかしいのでしょうね。


 今、月がとてもきれいです。
 このところ夜の帰りに山科川の土手で、
 しばらく月を眺めてから家に帰ります。
 
 僕はこれを「秋は月」と呼ぼう。
 (何、もう昔からそう呼ばれている。)
 しまった、生まれてくるのが遅すぎた!


  昔より はなれがたきは うき世かな

   かたみにしのぶ なかならねども

              九条兼実
      

  
 さて 
 題して DNAの声を聴け!第10回
 生老病死の捉え方です。

 あなたが、この思うようにならない人生を
 もうそんなに未来に希望も持てず
 孤独感・疎外感・無力感にも悩み
 腹も立ち、嫌な人もいる苦しみも多い人生を

 幸せに過ごすにはどう考えて
 人生を送るとよいのかです。
 
 もちろん、それなりに楽しみもあり
 「自分はそこそこ幸せだ」
 と感じながら過ごしている方も
 多いでしょう。

 しかし誰もが、少なくとも
 老いにつかまり、死につかまります。
 「あれ、結局、私の人生って何だったのだろう」

 という思いにもなります。
 それでも、幸せに過ごすには
 ひとつ、しっかりとした捉え方があると有益です。
 

 前回
 ブッダが説かれた捉え方をお話しました。
 今日は
 日本で生まれた浄土教・浄土真宗の
 絶対他力の捉え方です。

 もちろん仏教ですから
 基本はブッダの捉え方になります。

 他力の教えを理解する前提として
 どうしても仏教の歴史の流れを
 理解しておく必要があります。

 特に上座部と大衆部に分裂したのが
 重要になります。

 ですから、まずごく「ざっくり」と
 仏教の歴史の話です。

 <仏教の流れ・歴史>

 今から約2500年前
 紀元前4・5世紀(争いがあるのです)に誕生した
 ゴータマシッダルタ、ブッダの教え。

 ブッダは奇跡や超能力を嫌いました。
 またもちろん、個人崇拝なども退けます。
 生前は「ゴータマさん」と呼ばれていたと
 伝わります。

 どこまでも、普通の人間として、
 現象の背後に宿る真理(法)を
 「あるがままに観る」智慧を説かれた
 わけです。

 その死に際して
 「私の死を悲しむ必要はない。
  自らをよりどころとし
  法(真理)をよりどころ
  としなさい」

 とおっしゃったのです。

 その死後
 これも歴史の流れの宿命とでもいうべき
 流れが起きます。

 (上座部と大衆部の分裂)

 上座部は
 ブッダを神格化し、自分たちがブッダになれる
 とは恐れ多い、せいぜい阿羅漢どまりだ。として
 原初の戒律を厳しく守ろうとする保守派です。

 これは、次第に戒律を守らない人々を
 軽蔑し、自分たちは戒律を守っているから
 偉いのだ。とやや上から目線で他の仏教徒を
 見てしまう集団と少し悪く見ればそうなります。

 大衆部は
 ブッダはすべての人を苦しみから解放する
 と教えられたではないか。
 僧院に閉じこもり、戒律を守っているから
 偉いというのはおかしい。
 とより大衆に広めていこうとする集団です。

 <大乗仏教の誕生>

 大衆部は紀元1世紀前後に、
 大乗独自の教えを説き始めます。
 
 しかし、ここでもまた歴史の必然と言ってよい
 現象が起きます。

 大衆・庶民は、頭の痛くなる勉強が必要な
 難しい教えなどは受け付けません。

 また、手っ取り早く現世での功徳を求めます。
 病気を治して欲しい。
 来世では地獄に行きたくない。
 お金がもうかり、暮らしが楽になりたい。
 今の精神的な苦しみから逃れたい。
 などなど、いつの世も変わらぬ
 煩悩まみれの生の欲求です。

 慈悲のこころで、教えを説きたい大衆の現実は
 大乗の僧侶にとっては、
 いざ伝道と意気込むには、とても難しい人たちなのです。


 <さまざまな大乗仏典の誕生>

 この大衆を前にして大乗の僧侶たちは
 目に見えて分かり易い、仏塔。仏像をたくさん
 造り始めます。

 また、教えもいわば
 「子供でも分かり、興味をもって聞いてくれそうな
  物語を作ります」

 現代人から見れば
 「そんなアホな!」と言いたくなる物語を
 「如是我聞」(私はブッダからこう聞いた)という
 形を取り、ブッダの教えを盛り込み、経典を書き、
 説き始めます。


 そんな物語にしないと
 当時の大衆には理解してもらえないのです。

 もちろん書いた方は
 大まじめです。瞑想の中で、夢の中で、釈迦と出逢い
 そう聞いた僧侶の方も多いです。

 上座部の仏教徒からすれば
 「大乗仏典はみな偽典だ!」と呼ばれます。

 それまでのいろんな庶民信仰をとりこみ
 護摩を焚き、マントラを唱え、いろんな仏像を創り
 いろんな物語を創って教えを広めることになります。

 中国・そして日本に伝わったのは
 この大乗仏教、大乗仏典になります。

 ですから
 本来のブッダの教えを含んではいますが
 ゴータマブッダが説かれたこととは
 だいぶ異なっているものも
 たくさん含まれています。

 今回お話しようとしている
 他力の教え、
 「南無阿弥陀仏」と唱えれば救われる

 などということは
 お釈迦さまは一言もおっしゃってはいません。

 また、もちろん他の
 南無遍照金剛
 南無妙法蓮華経
 などのお題目もそうです。

 国家鎮護の祈祷
 病気平癒や家内安全・安産祈願等の祈祷など
 もちろん、お釈迦さまはやりませんでした。


 でも、僕はそれはそれでよいと思います。
 大切なのは「法」(真理)を伝えることです。

 法を伝えるのに
 その当時の状況でそれがベストであるなら
 それは、それでとてもよいことだと思うのです。

 人々が救われて
 幸せに暮らせるのに越したことはありません。


 法然上人・親鸞聖人の専修念仏(せんじゅねんぶつ)
 「他力の教え」もこういう流れの中で
 日本に伝わりました。
 
 おっと、長くなりますね
 とりあえず、今日は「他力の教え」というのは
 お釈迦さまが直接説かれたものではない。

 しかしまた、必ずしもだからと言って
 否定するものでもない。

 その法の精神が十分に生きているなら
 それもありと言えると僕は思っています。
 というところで、残りは次回に…

  
 つづく…

 ではでは
 愛を込めて!

 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro)
 ana38655@nifty.com


 今日も笑顔でニコッとね。

 何であれ、そこに愛が流れてこそ
 はじめてこころから楽しくなります。
 
 幸せはごく自然な
 あなたの命の本来の属性です。

 
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