心とは何か?(3)

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 ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。
 世界中のすべての方が幸せにありますように!
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2019年 令和元年(平成31年) 
6・1(土)


   心とは何か(3)

   
 姫野です。
 今日も京都は晴れて暑い一日でした。
 でも日陰はさわやかで心地よい季節です。

 ど~も、いかがお過ごしでしょうか。
 いや~、今年も、はや6月に入りました。

 まったく、夢のように人生は流れます。
 ぼんやりと、いいような、悪いような自分の
 人生をすごしていますが、
 時は無情にも流れて行きます。トホホ…

 つい先日、大学3年の女子大生とお話しする
 機会があり
 その女子大生の悩みが
 「大学3年になり、就職対策をしなければ
  いけない時期になったのですが、なりたい職業
  行きたい企業が特になくて、悩んでるんです」

 「面接対策で、その練習もこれから
  あるんですけど、必ず志望動機を聞かれるでしょ。
  でも、その志望動機がなくて、みんなの前で
  面接の練習をするなんて、すごい苦痛なんです」

 その方の悩みも僕にはよくわかります。

 「この企業に是非行きたい」
 「絶対にこの職業に就きたい」と
  心から思う人の方がむしろ少ないのではないか。

 これからの自分の暮らしを立てていくために
 どこかに就職して、働いてお金を稼ぐ必要があるから
 就職活動をしている。
 という方も多いと感じます。

 いくつかのアドバイスなどは
 すぐ思いつきますが
 「う~ん、なるほど、それは悩みますね」と
 それをすぐ口にすることは押さえました。
 
 最後はその方が自分で、どこかで割り切って
 決めて世渡りをしていくしかない
 というところがあります。 

 「どうしたものか…?」

 人生では
 いろんな局面で、ついてまわる悩みです。

 さて
 「心とは何か」のお話の続きです。
 あなたの心の大半は
 無意識で出来ています。

 とすると
 幸せのカギは、無意識にあります。

 あなたの無意識を無視しては
 人生の深い歓びは得られないのです。

 でも
 無意識は
 自分では意識できないから無意識です。

 どうしたら
 矛盾混乱した表層意識。
 表層のすぐ変わる欲求と 
 欲求不満から抜け出して

 自分の無意識を味方に生きることが
 できるのでしょう?

 というところまででした。

 社会的地位、知識は広いのに
 人間としての深みは今一つと感じる方
 も多いです。

 表層の意識・知識だけでは
 人間はごまかせないのです。
 自我の殻を固くしても
 「自分は騙せても、他人は誤魔かせない」
 もちろん、最後は自分も騙せません。
 
 表層意識・自我だけが自分として
 自分は幸せに心が傷つかないように生きよう
 としても、
 無意識は常に働きかけてきます。

 無意識というと
 フロイトやユングがはじめて言い始めた
 と思っている方も多いと思います。

 しかし仏教では
 早くからこれに気付き、5世紀には
 唯識派では、読む気もしないくらい
 詳細に論じています。
 
 無意識は意識できないから無意識です。
 もちろん僕もわかりません。
 
 しかし、人の意識の根底に何があるのか。

 無意識の根底にあるもの
 自分の心、人の心の根底にあるもの
 それを探究して自分のものにしていく
 ということを仏教では説くのです。

 深い瞑想の中で
 意識化できない、言葉に出来ないものを
 つかんでいくわけです。

 仏性がある

 すべての人の根底には仏性がある
 それに従って生きないと幸せにはなれない
 深い心の安定は得られない。
 そう仏教では説くのです。

 心とは何か
 それは分からない
 しかし
 仏性に従うことで
 はじめて
 自分の心を幸せに整えていくことができる

 「確かにそう言える」と僕は思うのです。

 あなたはいかがでしょうか?

 ではでは
 愛を込めて!

 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro)
 ana38655@nifty.com

 今日も笑顔でニコッとね。

 何であれ、そこに愛が流れてこそ
 はじめてこころから楽しくなります。
 
 幸せはごく自然な
 あなたの命の本来の属性です。
 
 姫野修一郎のブログ「ただあるがままに」
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 生涯かかっても実現できないような
 大きな夢を持ちなさい

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