ブッダの説く幸せへの道(2)

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 ありがとうございます。今日もすべてに感謝します。
 世界中のすべての方が幸せにありますように!
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2021年 令和3年
4・18(日)


   ブッダの説く幸せへの道(2)
  

 姫野です。
 今日京都はくもり時々晴れ
 風の冷たい一日でした。

 ど~も、
 いかがお過ごしでしょうか。

 今僕の住む団地の小さな公園の藤棚が満開です。
 うす紫の藤の花の色は、僕に源氏物語を
 連想させます。

  手に摘みて いつしかも見む 紫の

   根にかよひける  野辺の若草

           (源氏物語)

 (意)
 この手に摘んで、紫草(藤壺)の根にゆかりのある
 野辺の若草(紫の上)をわがものにしたいものだ。

  光源氏が「紫の上」を初めて見たときの想い
 です。一目ぼれの女性に出逢ったときなど
 人は「あ~、自分のものにしたい!」
 とつい思ってしまうことも多いのではないでしょうか。


 さて、
 前回の話の続きです。
 変わることのない
「深く満ち足りたこころ」幸せなこころ
 を獲得するにはどうすればよいのか。

 ブッダは意外に簡明に説かれています。
 
  苦しみの世から  
  滅諦に至るための道が「八正道」の実践です。
  1 正見
  2 正思
  3 正語
  4 正業
  5 正命
  6 正精進
  7 正念
  8 正定

 1 正見とは
   
   あるがままに物事を見よ

   この苦しみの世、人間の姿を
   あるがままに観なさい

   煩悩に楽しみ、苦しんで感情が
   乱れ上下する
     
   自分自身の姿をあるがままに
   見ることです。
   人生の実相・自分の真実の姿
   それをみつめると
   人の道のありようが洞察されてくる

   正見はもっとも幸せの基礎となるものです。

   しかし、正見はある意味苦しみの始まりです
   人の見苦しさだけではなく、自分の愚かさも
   はっきりと見えるからです。

   ですから、「正見」自体が出来ない人が
   とても多いです。
   嫌なものは見たくないのです。

   他人だけでなく、自分が
   とても見苦しい愚かな人間である
   それを知って初めて
   「嫌だ、自分はここから抜け出したい」
   という切実な思いが湧いてきます。
   
   あるがままに事実を観て
   嫌なことであっても受け入れていく
   これが仏教の幸せの基礎です


 つづく…

 ではでは
 愛を込めて! Mahalo!

 姫野 修一郎(Himeno Shuichiro)
 ana38655@nifty.com

 今日も笑顔でニコッとね。

 何であれ、そこに愛が流れてこそ
 はじめてこころから楽しくなります。
 
 幸せはごく自然な
 あなたの命の本来の属性です。
 
 姫野修一郎のブログ「ただあるがままに」
 http://siawase1.at.webry.info/
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